ホームページ

インターネットに公開されている Web サイトのことを、「ホームページ」「HP」と通称する風潮を嫌う人々がいる。ホームページとは、言うなれば、サイトのトップページのことで、その Web サイト全体のことではないから、というのが、こういう人たちの見解らしい。
私としても、このことに、べつだん異をとなえようとは思わない。

ところで、私の友人には奇人が多い。いかな奇人といえども、大なり小なり、凡人の中に理解者を必要とするからである。
その中でも、偏屈で知られる男友達が、ある日電話で私に言った。

「ホームページ作ったんだけど、見る？」
「あー、見る見る。何書いたの？掲示板はあるの？」
「なんにもないよ。ほんとになんにもない」
「…………」

（沈黙の翻訳：こいつがなんにもないと言ったら、ほんとうに想像を絶するくらいなんにもないのだな）

「はい。お察しのとおり、ほんとうに、何もございません。いやね、インターネットの本読んでたら、僕の使ってるワープロ専用機では、ホームページを作れるような HTML は書けません、と書いてあったんだよね」
「……それで？」
「できませんと言われたら、やってみたくなるのが人情だもんね。３０分でできちゃった。いや、ほんと簡単なもんですよ。紅玉さんもどう？お茶でも飲みながらできちゃうから、ほんとほんと」
「…………」

（沈黙の翻訳：いまどき、ワープロ専用機を買い換えながら使ってるだけでも相当なもんなのに、いったい何をしとるんじゃこいつは）

「で、作ったはいいんだけどさ、考えてみたら、世間に向けて発信したいことなんて、なんにもないことに気づいたんだよね。だから、なんにもありません」

これぐらいで受話器を叩きつけていたら、こいつとはつきあえない。絞りだすように、私は言った。

「……つまり、そこに山があるから登る、と」
「よくご存じで」
「機種の制約を越えてみたかったんやな？」
「おっしゃるとおり」
「君は、スプーン一本で、アルカトラズ刑務所から脱獄するオッサンか？もともと、ムショ暮らしに何の不満もないくせに、監視システムが堅牢だっつーだけの理由で、大汗かいて牢破りか？」
「そ。シャバはどうも居心地悪いんだよね。人づきあいうるさいし、働くのめんどいし。だから、出るだけ出てみて、出られるってことだけ確かめて、自分からムショに戻っちゃったりするわけ。でも、今回のは、全然それほどのこっちゃないよ。ほんとに簡単だったから、ほんとほんと」

世間からは誤解されているようだが、私はわりあい忍耐強いタチだ。多少、非常識についての感覚が麻痺しているかもしれないが、それはひとえに、こうした友人たちのおかげであろう。たえることなき感謝の念によって、ずきずき痛みはじめたこめかみを押さえつつ、私は彼に聞いてみた。

「……あんた、ハッカーって言葉、知ってるか？」
「あ、知ってる。会社や他人のシステムに勝手に入ってのぞいてくんだよね」
「ああいうのって、べつに情報売ったり漏洩したりするつもりはなくて、侵入することに意義があるらしいよ。いやがらせやイタズラが目的で侵入するのって、クラッカーというらしい」
「その気持ち、わかるなあ。入っちゃいけないと言われたら、なおさら入りたくなる。でも、中身を見てどうするってわけじゃないんだよね。ましてや、人様にいやがらせしたり、ものごとを破壊してみたところで、おもしろくも何ともないし、だいいち面倒だし」
「はぁぁ…（溜息）、面倒だ面倒だといって、前には、ワープロ専用機専用のフリープログラム作ってたよな？」
「あらやだ奥様、あれは単なる暇つぶしよ。ニーズが少ないのが難点だけど、あれ便利なのよぉ。機種替えるまで、自分でも使ってたもの。つまんないもんですけど、ご入り用の方は、どんどんお持ちになって下さい」

いるか、そんなもん。

私も私で、こいつのホームページをちゃんと見に行った。
真っ白な画面に、若苗色の羊歯に似た葉っぱのイラストが一枚。
うっすらとグレーの文字で、「テスト中です。何もありません」と一言。
リンクがひとつ、メール送信フォームがひとつ。
それ以外には、何もなかった。

見た瞬間、肩の力がドッと抜け、えもいわれぬ虚無感に襲われる。これぞ究極の脱力系、侘び寂びの境地。否、幽玄の域に達しているとさえ言えよう。ホームページ、ホームページと言ってはいるが、いくら何でも、何らかのサイト構造くらいあるだろう、と思っていたのに。
無常なるかな野々宮の、あはれ嵯峨野の枯れすすき、…嘆きの歌も虚しいほど、何もない。

てっきり一発ギャグだと思っていたら、本人いわく、ときどき微妙に色を変えたり、イラストがきれいに見えるよう、工夫しているのだそうな。どこを変えたか、ちょっと見にはわからないようにいじるのが、奥ゆかしくてよいのだそうな。

世の中には、Webサイトのことを、「ホームページ」と呼ぶのを嫌う人々がいる。
そのとおり、厳密に言えばそれは不適切な呼称であり、行為なのだろう。そんな呼び方をしたら、日夜、家族や友人、恋人、会社の同僚などの白い眼に耐えながら、せっせと更新や構成に励んでいる人たちに失礼ではないか。

彼の作品こそ、（断じて「Web サイト」ではなく）真の意味でのホーム「ページ」なのである。