いつも能天気（その５）

追い払われた無能な司令官はしかし、自分にしかできないことを発見した。
もしあのフロッピーディスクに欠番があったら。
つまり、あれで全部だという思いこみは禁物なのである。
データは着々と救われてゆくが、フォルスはもちろん、書かれた内容までは把握していない。提出されたフロッピーの中での優先順位はもう心配しなくていいが、フロッピーディスクそのものが欠けていたら、いかなゴッドハンドでも助け出しようがないのだった。けれども、出されたフロッピーディスクが本当にすべての必要をカバーしているかどうか、それは私でないと判断できない。
私はそれを確認したかったのに、特殊工作隊長はもうフロッピーディスクをさわってはいけないという。
けれども、何だかどうも、根拠はないが、あれでは足りないような気がしていた。
フォルスはたまに、コーヒーのおかわりを入れにリビングに戻ってきて、状況を報告する。
救出作業は飛躍的に進んでいて、もはや大半が読み出し可能、おそらくほぼ完全な形で救えるのではないか、という見通しになった（だから、フロッピーディスクは意外に保つといったのに…）。次の段階を心配しなければならない。

「ワープロ専用機というのは、その機種シリーズ独特の特殊なフォーマットで読み込むから、それをもう一回テキストファイルに直してやらないといけない。問題があるとしたら、その段階でどれだけ文字化けするか、最悪の場合、解読不能な箇所が続出するかもしれない。でも、すべてが解読できない可能性はむしろ低いでしょう」
「ふむふむ」
「外字はどれだけ使ってるかな」
「めったに使わないね。あのワープロ専用機は、ヘタなパソコンソフトより、漢字変換にかんしては賢いもので（だから手放しにくかったのに）。たとえ使ってあっても、前後が残っていれば、文脈で想像がつく」
「なら大丈夫でしょう。外字は化ける。ためしにいくつか、パソコンで汎用性の高いテキストファイル形式に直してみたけど、今のところ、解読不能になったものはありませんでした」
「それはたいへんありがたい」
「ただし、ほんとうにすべてのチャプターをカバーしてるかどうかは、僕には判断できません。さっき確認してもらった分にも、章立ての順番が狂ってるものもあったわけだし。直したテキストファイルを、ひとまずリードオンリーの状態で全部そっちに送るから、なるべく早く確認してください」
「ものすげー量だろうな…（しかも大半忘れてるし）」
「そりゃすごいですよ。それと、ワープロ専用機の文書ファイルは、一般にファイル容量がでかくなるんだよね。テキストファイルだけで４０MBは越えるでしょう。バケモノみたいなサイズやね。大昔のハードディスクなら、丸々ひとつ分は軽くつぶれる。もっとも、パソコンで読み出し可能に直すから、ずいぶん小さくまとまると思う。容量はぜんぜん大丈夫。読む量は変わらんけど」
「じゃあ、某寺ご住職所蔵のエロ画像の量は…」
「あれは文字通りのケタ違い。ギガのレベル。単位が上がります」
「たいしたもんやなあ」
あまりネタにすると、きっと摂津まで聞こえてしまって、叱られるにちがいないので、バケモノファイルの生産者は、洋服の型紙などを作っておとなしく遊ぶことにし、特殊工作隊長は、コーヒー片手に任務に戻っていった。

工作隊長が席を外したスキに、私は部屋の中を探しはじめた。
机に作りつけの棚には、文献が山積みで、手を入れるスキもないので、ひとつひとつおろしてひっくり返す。机の後ろには窓があるのだが、床までカーテンがかかっていて、ここがまた探しにくいったらない。おまけに猫までついてくる。机の最下部から床までにも、ほんのわずかな、けれどフロッピーディスクならゆうに隠れてしまうような隙間がある。まとわりつく猫を背負いつつ、私は床にはいつくばり、カーテンをすみずみまで裏返し、本棚の後ろに鼻先を突っ込み、ベッドの下に探りを入れた。
４枚発見。

ややあって、フォルスが部屋から出てくる。
「よしよし、やったやった。とりあえず全員読み出し完了、ファイル形式の転換作業も完了。これから、できあがったファイルを全部そっちに送るから…………え」
特殊工作隊長の目の前に差し出されたのは、さらに危うい、全面埃まみれで変色した４枚のフロッピーディスクであった。
手前勝手に物覚えのいい指揮官は、ただの無能よりタチの悪いものだ。たんにボーッとしてるだけなら、黙って座らせておけば何とかなるんだが。フォルスが心臓発作で倒れたら、ちょっとは私にも責任があるかもしれない。