キャノーラ石けんでジェルソープをつくる

やっとあれで終わったと思っていたのに、ママはまだまだ悪魔のチーズをつくるつもりでいたのです。今度は、体を洗う用のものではなく、「センタク」用の洗剤だそうです。
それというのも、人間は、わたしたちのように美しい毛皮をもっていません。肉球がないだけでも不運なのに、さぞかしみじめなことだろうと思います。
そのかわり、彼らは、布でつくった奇妙なかたちのものを、毛皮がわりに着ています。にせものですから、自然にぬけかわることがなく、夏は薄いものをちょっぴり、冬は厚いものをたくさん着ています。
とくに、ママの毛皮もどきには、とてもきもちのいい匂いや肌ざわりのものがたくさんあります。ひつじの毛で編んだセーターや、カシミアのカーディガン、やわらかいシルクのジャケットなどは、ほこるべき自前の毛皮をもっているわたしでさえ、うっとりするほどの感触なのです。中でもとりわけ、ふわふわしたアンゴラうさぎの毛で編んだセーターといったら！あたたかくて、やわらかくて、食欲はわくし、あなた、ほんとうにすばらしいものですよ。

わたしは、こうした毛皮もどきを使っていろんな遊びをします。シルクのジャケットは、表面につむぎのでこぼこがあって、爪をひっかけるのに最高ですし、ひつじの毛で編んだセーターは、ふしぎなことに、ずっとずっと昔わたしがまだちいさかったころ、猫のおかあさんのおなかに顔をおしあててかいだのと同じ匂いがします。アンゴラうさぎの毛のセーターは、寒い日のお昼寝のおともはもちろん、食べてもなかなかいけますし、カシミアのカーディガンは、冷える晩のしきものにぴったりです。

けれども、私がこんな風に毛皮もどきを楽しむことは、どうやらママの気にいらないようです。私がせっかくいい気分になっているのに、たいていどこにいてもすっ飛んできて、毛皮もどきのそばからわたしを追いはらうのです。わたしはいつだって子猫のように謙虚で、ママのすることを何でもみならっているだけなのに、ひどいと思いませんか？
けちんぼうのママも、さすがにこれでは悪いと思ったのか、あるとき、わたしのお気に入りだったモヘアのセーターを、古くなったからといってくれたこともあります。でも、わたしだってレディのはしくれですから、お下がりなんか気にいりません。

ママの名誉のために申しそえておきますと、彼女がこんなに神経質になるにはわけがあります。それというのも、この毛皮もどきは、自分でなめてきれいにすることができないので、わざわざ脱いでとりかえて洗わなければならないのです。
おまけにママはこういう毛皮もどきを、たんすのひきだしや洋服かけに数えきれないぐらいもっていて、いつも夜やってきて朝早く帰ってゆくおじさんも、自分の部屋にたくさんの毛皮もどきをもっているのでした。

こんなわけで、人間はしょっちゅう「センタク」をします。自然と、たくさんのセンタク石けんがいりようになるわけで、どうしてそんなにむだなことばかりしているのか、理解にくるしみますが、上等の毛皮もどきほど、気をつかって洗わなければならないそうです。ママがいうには、いままでつくってきた悪魔のチーズの中には、くふうしてセンタク石けんにすると、とてもいいものがあるんだとか。まあ、毛皮もどきだけを洗っているぶんには、わたしは干渉しないでおきますけれども。
以下は、ママが書いたものの引用です。

◆用意するもの
◇できあがったキャノーラ石けん（解禁直後でいい）
◇熱湯
◇ボウル

◆つくりかた
◇石けんを細かく刻む、または下ろし金ですりおろす。
◇石けんをボウルに入れ、かぶるぐらいの熱湯をかける。（好みによって、ローズマリーなどを煎じた熱湯でもよいが、こうした匂い消しハーブの煎じ液は、香りにクセがある）
◇フタをして、そのまま一晩〜２４時間ぐらい放置。
◇どろどろのジェル状になる。
◇エッセンシャルオイルなどで香りづけをして、むらのないようによくかきまぜる。
◇気温によってはその後、プリン状に固まるが、スプーンで容易にすくえる。

◆つかいかた
◇食器洗いに。小さじに軽く一杯をスポンジで泡立てる。少しもむだけで泡立ちは十分。
◇洗濯に。風呂の残り湯などを洗面器に入れ、小さじ四〜六杯を溶かして洗濯機へ。コットン製の普段着なら、柔軟仕上げ剤が要らないほど仕上がりは柔らかい。ウールやシルクの手洗いにも使える。カシミアのセーター（市販品）を洗ってみたが、これも上々。ただし、手洗いはすべてぬるま湯で。
◇エッセンシャルオイルやはちみつを加えてシャンプーになるらしい。これは未試用。
◇アルカリが強すぎた失敗石けんも、これで回復することができる。さらに型入れして乾燥させれば固形ソープになるが、やはり柔らかい石けんになるようだ。
◇市販の純石けんにも、この方法が使える。柔らかい手作り石けんと違って、細かくするのにやや手間がかかるが、苛性ソーダの反応が終わっている分、香りや色はつけやすくなる。初心者やお子さまにも簡単。
◇ジェル状石けんにした場合、マルセイユ石けんでは少し粘りが出すぎるようで、キャノーラ石けんのほうが使用感がよい。

○ジェル状にした石けんはたいへん便利。十分にすすぎ可能な場所ならどこでも使え、洗えるものも、網戸から猫までときわめて用途が広い。手荒れの心配が少なく、敏感肌の人にもおすすめ。

よく読むと、さりげない風にして、ずいぶんおだやかならぬことが書いてあります。
あれほどわたしが、ヨクソウに入る理由なんてなにもないと、日ごろから態度で表明しているのに、どうしてこんなことをしつこく考えていたりするのでしょう。だいいち、わたしを網戸といっしょにするなんて、思わずぼうぜんとしてしまうほど失礼なことです。やっぱり、観察はするべきでした。
この恥ずべきたくらみには、言葉にできないほどのいきどおりを覚えますが、それは別にして、「ジェルソープ」は、どろどろした悪魔のマヨネーズのような外見にもかかわらず、少しだけいいところがありました。この石けんは、わたしの食器や水飲みボウルを洗うときにも使えるのです。よく水ですすいでもらって、完全にかわかしてもらうと、とてもきれいになります。
それに、いつも夜になるとやってきて朝早く帰ってゆくおじさんが、たまに一日わたしのお家にいることがあって、そういうとき、お庭でわたしのトイレを丸ごと洗ってくれることがあるのですが、このときも「ジェルソープ」が使えるようです。
これらは悪くありませんが、しかし、けっして油断はなりません。ママのつくった悪魔のチーズは、あれからどんどんふえて、小さいほうの食器棚のてっぺんを完全に占領してしまいました。

わたしはこれからも監視をつづけ、ママがわたしをけっしてヨクソウに入れて洗ったりしないよう、油断なくみまもりたいと思います。もちろんわたしは、かりに今後どれほどすばらしい石けんができたとしても、けっしてすすんで使うことはないでしょう。
わたしたち猫族は、とかく移り気な生きもののようにいわれがちですが、それは偏見です。猫の決心、それは、いつか『地球いきもの紀行』で見た、キリマンジャロの雪のように永遠なのです。

またいつか、みなさんとここでお会いできるかもしれません。その日まで、ご不満でしょうけれど、ママのへたくそな文章でごしんぼうくださいね。
それでは、ごきげんよう。